小説版

第3話

「豚さん、鳥さん、牛さん」

「う〜ん」

「あとはイカさんも」

「う〜んう〜ん」

「うふふ、どれがいい?」

「う〜んう〜ん、じゃあじゃあ、うしさん!」

「よっし。じゃあ今日はビーフカレーにしよう」

「わーい!」

 夏休みに入って、解放感いっぱいです。今日はひなちゃんといっしょにお買いもの。

「今日普通に食べて、明日はカレーうどんにしようね」

「ひな、からいのたべられないからあまくちがいい」

「じゃあリンゴすって入れようか。ヨーグルトも」

「わーい!」

「みなせちゃん、お買いもの?」

 お店を手伝ってくれている、柿本のおばちゃんが自転車を出していたわたしに声をかけました。

「おかいものー」

「あらー、ひなちゃんも一緒に行くの。お菓子買ってもらえるといいね」

「ちょこ〜!!!!」

「ひ、ひなちゃん、そんな怖い目で」

「怖い人いるみたいだから、気をつけてね」

 柿本のおばちゃんと分かれて、まだ涼しい道をジャスコに向かいます。

「ねえ、みなせ。こわいひとってなーに?」

 私の背中にぎゅっと捕まって、ひなちゃんが聞きました。

「ああ、あれ」

 柿本のおばちゃんがあんなこと言うから、ひなちゃんが怖がっちゃった。

「なんだかね、最近いろんなお店でクレームをつけて回ってる人がいるんだって」

「へ〜」
「そういうの専門でやってる人かもしれないって。だからひなちゃんもヘンな人に声かけられてもついていったらだめだよ」

「だいじょうぶ。ひなかえりうちにするから。きっくで」

 くすくす笑うと、ひなちゃんが不満そうに体を揺すりました。

「ひなのきっくをなめるとふこうになるよ!」

「はいはい、頼りにしてます」

 夏休みが始まって、天気も上々。買い物日和です。

 ジャスコは二階建てのモールに入っていて、他にも映画館とかレストランとかいろんなお店が入っています。夏休みだから、子供の姿も多いです。

「わーい!」

「ひなちゃん! おもちゃを買いに来たんじゃないのよ!」

 まっしぐらにオモチャ屋を目指そうとしたひなちゃんを止めます。

「みるだけ〜ねーおーねーがーいー」

「しょうがないなあ」

 といいつつ、オモチャ屋にいくのはわたしも嫌いじゃなかったり。さすがにもうおもちゃが欲しいって年ではないけど、見るのは大好きです。

 オモチャ屋さんには子供がいっぱい。どの子もなんとか親にオモチャを買ってもらおうと必死です。

 わたしも昔、キッチンおままごとセットが欲しくて、親を困らせたことがあります。

「ねえ、ヒナちゃ……えっ!」

 でーーーん!

 思い出をひなちゃんに話そうと振り返りかけたわたしに、前をよく見ずに走ってきた男の子が全速力でぶつかってきました。

 わたしも男の子も思いっきりこけて、周りの商品がバラバラっと床に散らばり、男の子はその拍子に大泣きし出してもう大惨事です。

「おーがーさーん!!!」

「タカシ! 何してるの!」

 男の子は母親に連行されていき、店員さんが「大丈夫ですか?」とわたしに駆け寄ってきました。

「あ、大丈夫です。すいません」

 顔が真っ赤になるのを感じつつ、大慌てで起き上がって、倒れたおもちゃを元に戻そうとします。

「あ、大丈夫ですから、お客様」

 あまりにも慌てているので、店員さんの声が耳にはいりません。

 ひーん。すいませんすいません。

「みなせー、なにやってるの〜」

 必死に商品を棚に戻しているわたしをみて、ひなちゃんもあきれ顔です。

 うう、情けない。

「おちこまないでみなせ。ひながドーナッツ買ってあげるから」

 肩を落としておもちゃ屋を出たわたしを、ひなちゃんが慰めてくれます。

「ひな、おみせではたらいておかねかせいだの。ほらごひゃくえん!」

「いいのよ、そんなに気を使わなくて」

「だめー! ひな、みなせにどーなつおごりたいの!」

 どうやら、ひなちゃんの目的はわたしを励ますことではなく、自分が稼いだお金で、おとなっぽく誰かに何かをおごりたいだけみたいです。

 それならありがたくおごってもらうべきでしょうか?

「くださいな! ひなシュガークリームドーナツで、みなせはチョコクラシック!」

「ごいっしょにお飲み物はいかがですか!」

「みずください!」

 ひなちゃんが支払いを終えて、水の入ったグラスとドーナッツが二つのったトレーを持って戻ってきました。しっかりしたもんです。

「ありがとう。いただきます」

 ひなちゃんから受け取って、二人してドーナッツをほおばります。

「おいしいね」

「うん」

 ひなちゃん、最近ではすっかりお店の看板娘で、試験期間は勉強が忙しくてお店の手伝いができなかったわたしの座を脅かしつつあります。

「どーなつおいしいし、おうどんもおいしいから。どーなつうどんつくろう!」

「えっ? それは……どうかなあ?」

「きっとおいしいよ!」

「稲庭うどんとドーナツは、さすがに合わない気が……するかな?」

「えー」

 ひなちゃんは最近新メニューの考案に凝っています。今まででたのは、ババヘラうどん、チョコうどん、そしてドーナツうどん。ひなちゃん、自分の好みに素直すぎます。

 でも、新メニューという響きは魅力的です。

 おうどんは大好きだけど、やっぱり若い人はうどんよりラーメンやパスタの方がメジャーなんですよね。うどんって地味だし。

 なにか、うどんにも新しいパンチがあればいいんですけど。

 ふと気付くと、ひなちゃんがじっと何かを見ています。

 珍しく、すこし寂しそうな横顔。

 視線の先には、仲良さそうにドーナッツをほおばる家族連れに姿がありました。

 きゅっと心が痛みました。

 そうだよね、ひなちゃんもお母さんに会いたいよね。

 ひなちゃんのお母さんは、ひなちゃんを迎えにくるはずなのですが、なかなか到着しません。

 しっかりしてるけど、まだこどもです。お母さんに甘えたい年頃です。

「ひなちゃん、カレーの材料買いに行こうか」

 わたしは、いつもより元気をだして言いました。

「いこー!」

 ひなちゃんも、すぐにいつもの笑顔になります。

 うん、やっぱりそのほうがひなちゃんらしいよ。

 わたしたちはジャスコのなかをぐるりと回って、カレーの材料を集めます。

 牛さんのお肉、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、カレー。あとはリンゴとヨーグルト」

「ちょこ!」

「はいはい」

「きゃっほー!」

 お菓子売り場にすっとんでいくひなちゃんをほほえましく見送った後、念のためお財布の中身をチェックです。

 って、あれ? お財布は?

 こっちのポケットだったかな。

 ない。

 表面がちりめん生地で二つ折りのお財布が、見当たりません。うそ……。

 あのお財布の中には今日の晩御飯のためにおじいちゃんから預かってきたお金と、わたしの今月のおこづかいと、銀行のカードと病院の診察券と——。

 それに、あのお財布はおばあちゃんに買ってもらった大切なものなのです。

「みなせーちょこもってきたよ。あれ、どうしたの?」

「ひなちゃん……ちょ、ちょっとカゴ見ててくれる?」

「おといれ?」

「お財布を落としちゃったみたいなの。わたし、ちょっと探してくるね」

「えーたいへんだ。ひなもいく! おかあさん、よくものおとすから、ひなおとしものさがすのとくいだよ」

 確かに、一緒に探してもらった方がいいかもしれません。

「じゃ、じゃあカゴはここに置いておいて、わたし、届いてないか定員さんに聞いてくるね」

「ひな、みちをさがしてくる」

 ひなちゃんは、ててて! と走ってどこかへ消えて行きました。

 私はインフォメーションのお姉さんのところへいって、落し物がないか確認してもらいました。届いてないそうです。

 ああ、お願いです神様。

 お金はもう諦めるので、せめてそれ以外は見つかりますように。

 スーパーの中をぐるりと見て回って、それからドーナッツ屋に戻ります。

 ありません。

 ほんとに泣きそうです。

「みなせー!」

 ドーナッツ屋にしゃがみこんで、床を探していたわたしに、ひなちゃんが駆け寄って来ました。

 ぶんぶんふり回している手に何かを握っています。

「あったよー!」

「ああああああ!」

 わたしは思わずひなちゃんに抱きついてしまいました。

「みなせ、くるしい」

「ありがとう、ひなちゃあぁん」

 情けないことに、半泣きです。

「おちつけみなせ」

 財布はオモチャ屋の棚の下、見えにくいキャスターの陰に落ちてたそうです。

 ひなちゃんの活躍で、財布は無事手元に戻り、カレーの材料を買うことができました。

 ついでに、家族のみんなにサーティーワンを買いました。

 ひなちゃんは偉い。ほんとに。

 

 カレーの仕込みが終わった後は、夕方からわたしも店のお手伝いです。

 お客さんが少なくなる午後は、アイドルタイムといって夜からの営業に向けた休憩時間です。

 ひなちゃんは、わたしとシフトを交代した柿本さんといっしょに買ってきたサーティーワンを食べています。

 今日のお昼は団体のお客様が来てすごく忙しかったらしいです。

「最近この街に来た人らしいのよ」と柿本さん。

 また、例の難しいお客様の話題です。

「こっちに落ち度があるなら、そりゃあ謝りもするけど、何もないのに延々と文句を言われるのはねえ……」

 駅前のうどん屋さんにも出没したらしく、そこでは警察を呼ぶ呼ばないの大騒ぎになったそうです。

「若い子を見ると、ちょっかい出してくるそうよ。みなせちゃん、しばらくホールは手伝わない方がいいんじゃないの?」

「いえ、大丈夫です。そういうのも修行のうちだと思うし」

「偉いわねえ。でも気をつけてね」

 柿本さんが帰ると、ホールはわたしだけです。

 昼の団体さんは、柿本さんみたいなベテランさんが一緒じゃないときついですが、夜は常連さんが多いので私だけでも大丈夫です。

 ああそうだ。ひなちゃんもいました。

「ひなちゃん、時々台所にいってカレーの様子見てくれる? スープが煮詰まってたら教えてね」

「うん!」

 ひなちゃんは本当に偉いなあ。

 夜のお客さんがちらほらと来始めました。夜はお酒も出すので、メニューもおつまみが中心です。お客様のノリも昼とは違って複数人で来て、ゆっくり腰を落ち着ける方が多いです。

 もちろんうどんだけのお客様もいます。

 どちらも大歓迎です。

 席が半分くらい埋まったころに、少し気になるお客様が現れました。

 初めて見る顔で、ぶらりと一人で入って来ました。

 上下ジャージにウエストポーチを抱えた中年の方で、入ってくるなり注文より先にタバコを吸い始めました。

「いらっしゃいませ」

 お茶を持っていくと「ビール」と返されました。

 近づくと、ぷうんと日本酒の匂いがしました。どうやら、もうどこかでかなり飲んでから来たようです。

 瓶ビールと、突き出しを持っていくと、注げと言われました。うちはそういうお店じゃないのに、と思いつつも「失礼します」と言ってコップにビールを注ぎました。

 そしたら今度は注ぎ方が悪いと言いだして、泡が消えたとか。そんなに文句を言うなら自分で注げばいいのに。

 それでふと、思い当りました。

 柿本さんが言ってたクレーマーって、この人かもしれない。

 詳しい人相は知りませんが、ジャージを着てるという話は聞いた覚えがあります。

 ようやく厨房に戻れました。でもまた注文の品を持っていかなくちゃいけません。

 ううう、怖いよう。

 常連さんに料理を運んでいると、またさっきの方に呼ばれました。

「おまたせしました」

「遅いよ。客商売で客待たせるとか、何考えてるの」

 いくなりまた怒られました。

「申し訳ありません。今日は人が少ないので」

「言い訳はいいから、早く注文取ってよ」

「あ、はい」

 注文はお酒のお代わりとおつまみでした。

 厨房に戻ると、おじいちゃんがあのお客さんを睨んでいました。

「つぎは俺がいくから、みなせは引っ込んでろ」

「ううん、大丈夫。仕事だもの」

 おじいちゃんはかなり怒っているようです。当然です。うどん屋に来て、うどんに見向きもしないで飲んでばかりなんて。

 おつまみと、お代わりを持っていきます。案の定、また注げと言われました。

「あの……うちはそういうお店ではないので、そういったサービスはやっていないんです」

 勇気を振り絞って言うと、お客様は急に声を荒げました。

「はあ? さっきやっただろうが」

「あれは……」

「やったりやらなかったり、どうなってんだこの店は?」

 情けないですが、大きな声で怒鳴られると足がすくんで声が出ません。

「サービスは悪いし、客を待たせるし、商売する気あんのか!?」

「すいません」

「すいませんじゃねえだろ。誠意を見せろって言ってるんだよ!」

「それは、どういう意味でしょうか?」

「それくらい考えろ! なめてんのか?」

 この人、絶対、ただ文句を言いたいだけです。こっちが言い返せないのが分かっていて、いじめたいだけです。

 すごく底意地が悪い。

 腹が立ちます。

 でも、怖い。

「みなせをいじめるな!」


 えっ。

 ひなちゃんが、男の前にたちはだかりました。両手をひろげて、きっと男を睨みます。

「もんくあるならでてけ!」

「なんだこのガキは」

 男が拳を握りしめて振り上げました。

 わたしはおもわず目を閉じて身をすくめます。でも、ひなちゃんは恐れずに毅然と男を睨みつけたままです。

 幸い男も本気で殴るつもりはないようです。

「こいつ……」

 驚いたことに、男の方が気圧され気味です。

「なんなんだこのガキは。どういう教育してんだ?」

「あんた、そろそろやめなよ」

 周りで飲んでいた常連さんが声をかけました。

「そうだよ。子供相手に大人げないよ」

 常連さんたちは席を立つと、わたしたちを取り巻きました。

「あんたよその店でもトラブル起こした人でしょ」

「みんな楽しんでるんだから、邪魔しないで欲しいなあ」

 こうなると、こちらが優勢です。私も勇気をだしてそのお客様に言いました。

「すいません。ほかのお客様のご迷惑ですから、帰っていただけませんか? お代は結構ですから」

 男は怒りに顔を真っ赤にしています。

 振りあげた拳がワナワナ震えています。わたしはひなちゃんを守ろうと前に出ました。殴るなら、わたしを殴ればいい。

「くそっ、こんな店二度と来るか!」

 男は吐き捨てると、椅子をガタンと鳴らして席を立ち、店を出て行きました。

「……みなせ、だいじょうぶ?」

 わたしはヘナヘナとその場にしゃがみこみました。

「みなせ、だいじょうぶ?」

 ひなちゃんが心配そうに聞いてきます。

「……うん」

「偉いよみなせちゃん、よく言ったな」

 常連さんの一人が手を貸してくれて、わたしはようやく立ち上がることができました。

「よかったよかった」

「ほんとに二度と来ないで欲しいな、ああいうやつは」

 まだ震える足で厨房に戻ると、おじいちゃんはうどんを切るでっかい包丁を持ったまま立っていました。

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫。みんなが守ってくれたから」

 常連さんたちはもう何事もなかったのように、各自の席に戻ってそれぞれに祝杯をあげています。

「あ、お仕事しなくちゃ」

「みなせ」

 ホールに出ようとしたわたしを、おじいちゃんが呼びとめました。

「なに?」

「よくやったな」

 うわあああああ。

 褒めてもらえた。

 おじいちゃんに!

 さっき怒鳴られた時よりも、今の方がドキドキしています。

 褒められちゃった。

 うわあ……。

「みなせ、うれしそう」

「うん、ありがとうね、ひなちゃん」

「ひなおどろいた。カレーのこといいにいったら、みなせピンチ」

「うんうん、……カレーのこと?」

「カレーのスープがなくなったからおしらせ。あ、ひないうのわすれてた」

 そう言えばどこからともなく焦げた匂いが。

「うわああ!」

 カレーは少し苦くなってしまいましたが、今夜は忘れられない夜になりました。

挿絵イラスト:とーご
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