小説版

第1話

安達商店街振興組合の組合長の思惑は当たった。

「第一回パフォーマー大会」は大賑わいで、古ぼけた商店街は久しぶりに昭和の賑わいを取り戻していた。

人いきれをかき分けて歩き、ひときわ大きな歓声の前で足を止める。

中を覗き込む。キャスターの付いたスチール台の上に、ミカン箱が一つ。すでに何本も剣が突き刺さってる。

箱がカタと動いた。あんな状態なのに、確かに中に誰かが入っている気配がする。

台の横に立っていた女性が手にしていた剣を観客にかざしてから、箱の中央辺りを横に貫いていく。

すべての剣を刺した後、女性はキャスター付きの台ごと箱を回して、確かに全部の方向から剣が箱を貫いていることを観客に確認させる。

どう見ても、箱の中には剣を避けて人が隠れるスペースはない。いくら小さな子どもでも。

箱は動かない。

女性は笑顔で一礼した後、今度は箱から剣を抜いていく。最後の一本を抜いて、ガムテープをはがす。観客から見えないようにもったいぶりながら箱のふたを開けた。

観客が固唾をのむ。

一瞬置いて、ひょこりと女の子が姿を現した。フリルのついた黄色いワンピースをふわんとなびかせて、箱の中に立ちあがるとにっこりと愛らしい笑みを浮かべた。金色に近い淡い栗毛とくりくりと大きな栗色の瞳の美少女だ。

これまでで一番大きな歓声が沸く。

拍手に応えて、女の子は楽しそうに手を振る。

拍手は鳴り止まず、女の子はずっと手を振っていた。

 

「おかーさん、ぱほーまたいかい、かててよかったね」

女の子はつないだ手の先にいる母親を見上げた。

「でもここにもおとーさんいなかったねー」

そうね、と母親が残念そうに言う。

「こんやはどこでねるの? おそと? ひな、かがすくないとこがいいな〜」

大丈夫、優勝賞金もらったから、今晩は朝までファミレスにいておいしいもの食べようか、と母親。

「まじでー。やたー。ひなふぁみれすだいすきー」

二人は国道沿いを北に向かって歩いている。日が長くなったおかげで、もう夕食時なのにまだまだ周りは明るい。明るいと、なんだかウキウキする。

「なにたべよーかな。ひなおこさまらんちー。はたをたおさないようにたべるんだよ! おかーさんは?」

そうね、と母親は少し迷うがたいてい答えは決まってる。

「またうどんー? おかーさん、うどんすきだねー」

お母さんのよく知ってる人が、おいしいおうどんを作るのよ、今度食べに行こうね。

「うどんおいしいの? うどんたべたーい!」

おいしいよ〜。つるつるシコシコしてるの。

「つるつるーつるつるー」

まっすぐにのびる国道の先に、小さな看板が見えてきた。今夜はここで夕食を食べて、明日からまた父親探しだ。

それにしても、おとーさん。どこにいるんだろー。

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稲庭うどんを茹でるには、一リットル以上のお湯を大きなお鍋に用意して沸騰するまで沸かします。茹で時間は三、四分。くっつかないようにかきまぜながら。

うどんが透き通ってきたら、そろそろころ合いかな。素早くざるに上げて、冷水でよーくもみ洗いしてぬめりを落としてから、水気を切ります。

うどんはキラキラ輝いて、まるで大理石のようです。

おいしそう……じゅるり。

おじいちゃんにはまだまだだって言われるけれど、でも、茹でるだけならわたしも結構上手くなってきたと思うんです。たぶん、いま日本にいる女子高生の中でわたしが一番じょうずに稲庭うどんを茹でられる!

なんて……。

人前では言えませんが、心の中で言うくらいはいいですよね。自信が持てないようなものを、お客様に出しちゃだめだっておじいちゃんはいつも言ってます。

うどんを一口分ずつ丸めてタッパーに並べていきます。ラップに包んだ薬味を添えてふたをして、冷蔵庫で冷やしているつゆをステンレスの水筒に入れれば、「特製うどん弁当」完成です。

「行ってきます!」

のんびりお弁当を作りすぎたせいで、今日はちょっと早足で行かないと遅刻しそうです。この辺りは町はずれで山に近いので、この時間はまだ風が涼しいです。夜露の青い香りがします。

わたしが住んでいるのは秋田県湯沢市。周りを山に囲まれた小さな街です。温泉と、稲庭うどんと、秋田美人が有名です。

あ、別に自分が秋田美人だって言ってるんじゃないですよ!

……まあ、お肌は白いほうかな……なんて。

学校は街の中心部にあります。この辺りまでくると、周りにも同じ制服を着た人が増えてきます。

うちのクラスの人もいます。

あれは大月くん。図書委員で、いつも本を読んでる真面目くんです。

「あ……」

挨拶しようと思ったら、目が合った瞬間早足になって、行ってしまいました……。

あ、こんどは向こうから小暮さんが。

あみぐるみのマスコット作りが上手で、クラスのみんなにも良く作ってあげている人です。

と思ったら、目が合う前から避けられてる……。

……はあ。

いろいろ悩みが多いお年頃ですが、これもその一つです。

いじめじゃないんです。むしろ、原因はわたしにあるようなのです。

たぶんあれがいけなかった——。

わたしはこの春に、この高校に転校して来ました。

もともと友達を作るのが上手な方ではないので緊張してしまって、自然に微笑もうとしたのになんだか「ニタァッ」て感じの妖怪笑いになっちゃったのです。それが我ながら気持ち悪かったので、できるだけきりっとした顔をしていたら——なんか、怖いみたいなんですよね、きりっとしたわたしの顔。

いつの間にか「B組の稲川は、前の学校をメンチでシメていた」みたいな噂が。

わたしシメたりしないのに。

「おはよう、みなせ!」

「おはよう! 稲川さん」

……なんて言葉がかかるはずもなく、今日も一人で席に着きます。……はあ。

もっとみんなとお話ししたいな……。

うどんの話とか。いや、いきなりうどんの話は引かれるかもしれないからもっと普通の。普通、ってなんだろう。やばいです。友達がいないから何を話せばいいのかわかりません。おしゃれにあんまり興味ないし、芸能人にも疎いし、恋愛……ぜんぜんだめです!

どうやらクラスのみんなは今週のテストの話をしているみたいです。

もうすぐ夏休み。

うちのクラスは進学組と就職組がいて、進学組はこの夏休みが本番らしくみんな参考書にかじりついています。わたしだってたいへんです。勉強することは山ほどあります。

わたしの家は稲庭うどん屋さんです。

おじいちゃんがうどんを打って、おばあちゃんがお客さんに運びます。

お父さんは、昔おじいちゃんと大喧嘩をして一度家を飛び出して、都市部で会社員をしていたのですが、私が小学生に上がるころ和解して、家を継ぐことになりました。家族の修行では甘くなるからと、おじいちゃんの知り合いがやっているお店で下働きをしながら修行して、今はおじいちゃんと一緒にうどんを打つほどになりました。

わたしのごはんはいつも、お父さんが修行のために作ったうどん。わたしの思い出の味です。

わたしもいつか、誰かの思い出になれるような美味しいうどんを打てるようになりたい。小学校の時に、作文にそんなことを書きました。

高校生になるまで、うどんを打ったことがありませんでした。

都市部の進学校に入って、お父さんもお母さんも、わたしもそのまま大学に行って都会で就職するんだと思っていました。

でも、わたし気づいたんです。それは自分が本当にやりたいことじゃないって。

そして今——、わたしはおじいちゃんを師匠にうどん修行に励んでいます。

まだまだ未熟ものです。

おじいちゃんには怒られてばかりです。

悩みが多いお年頃です。

 

放課後。

結局今日も、誰とも話をしないまま終わってしまいました。

特製うどん弁当は美味しかったけど、一人で食べるよりみんなで食べた方がもっと美味しいと思うんです。

明日こそはがんばろう。

それにしても今日は暑いです。いよいよ本格的な夏みたいです。そろそろ西日の時間なのに、まだまだ焦げるような日差しです。

遠くの道に陽炎が揺らめいています。前を歩いている女の子もこころもちフラフラして見えます。

アイス食べたいな。ババヘラ。

秋田名物のババヘラは、イチゴ味とバナナ味のシャーベットをコーンに乗せたものです。美味しいです。

秋田の子ならみんな夏はババヘラです。

それにしても、前を歩いている女の子、なんだか本当にフラフラしているような気がします。気分でも悪いのかな?

そういえば今日学校で熱中症に注意するように言われました。

熱中症って、ちゃんと処置しないと命に関わる病気なんだそうです。

ちょっと心配になってきました。

あ!

女の子がつまづいたので、思わず駆け寄りました。足がもつれて道に倒れてしまったようです。

「だ、大丈夫?」

おそるおそる覗きこむと、女の子もわたしを見上げました。わたしと目が合うと、すごくがっかりした顔をします。

「おかーさんじゃなかった……」

「お母さんとはぐれたの?」

女の子はうんとうなづきました。

「ひなほうこうおんちだから……」

「ひなちゃんっていうの?」

「うん。おかーさんさがさなきゃ」

女の子はよろよろと立ち上がりました。見ると、膝小僧に血がにじんでいます。

「ひなちゃん怪我してるよ」

わたしの言葉で、女の子は初めてそのことに気付いたようです。

「だいじょうぶ。なめとくから」

「だめだよ。ちゃんと傷口を消毒しないと。うちすぐそこだから、ね、いっしょにいこ?」

女の子は私が差し出した手を、胡散臭そうにじっと見つめました。

「おねーさんひとさらい?」

「えっ?」

「ひとさらいについていくと、がいこくにうられちゃう」

「ちょ、人さらいなんかじゃ! わたしはただのうどん屋さん!」

きらんと女の子の目が輝きました。

「うどん屋さん? おかーさんうどんすきだよ」

「わたしも大好きだよ」

「ひなおなかぺこぺこ。きのうからごはんたべてない」

「えっ! だからあんなにフラフラしてたんだ。じゃあ、ひなちゃん、足の手当てをしたら、美味しいうどんごちそうしてあげる」

「まじでー。じゃあひなひとさらわれる!」

「だから人さらいじゃないの!」

傷口を水で洗って、消毒液で消毒。さいわい傷は擦り傷程度で、血ももう止まっていたので一安心です。

足のけがよりも、空腹とのどの渇きのダメージの方が大きかったみたいで、麦茶を三杯もいっきにお代わりしました。

「はい、できましたー」

家の台所でゆでたうどんは、実はわたしが打ったものです。形がへんでお店にはだせないので、もっぱらお弁当用です。実は人に食べてもらうのはおじいちゃんとおばあちゃん以外では初めてです。

だからちょっとドキドキしています。

「うどんおいしそー!」

「いっぱい食べてね」

「やったー! これでかつる!」

ひなちゃんは、キラキラしたうどんをつゆにつけて、つるるっと食べました。

「おいしい!」

「よかった。お代わりもあるよ」

よほどお腹が減っていたのか、ひなちゃんはすごい勢いでうどんを平らげていきます。美味しい美味しいって、何度も言ってくれてうれしいです。

陽のあたり方によっては金髪にも見える栗毛。レースのついた可愛いワンピース。ちょっと日本人離れした不思議な感じの女の子です。この辺りでは見かけたことがないかも。

「ひなちゃん、おうちはどこらへんなの?」

「ほふひ? ほふひはほほひ」

「あ……食べてからでいいからね」

ひなちゃんは最後のうどんをごくんと飲み込んでから言いました。

「ひなはおかーさんとおとーさんをさがしてるの!」

「お父さん?」

「おとーさんどこかいっちゃった」

うっ……。いきなり重い話にちょっと焦ります。

「ひなおかーさんのかわりにおつかいにきたら、バスまちがえちゃった。ひなもほうこうおんち」

「そ、そっか。お母さん心配してるだろうから、連絡しないといけないね」

ひなちゃんは箸を置いて、ワンピースのポケットから二つ折りの携帯を取り出しました。差し出された携帯を受け取って開いてみます。画面は暗いままです。

「ひなのけーたい、おかーさんの番号はいってる。でも電池きれちゃった」

「じゃあ充電すれば連絡できるね」

幸い私が使っている携帯と同じキャリアです。充電器を持ってきて、アダプターに電話をつなぐとヒヨコのアニメーションと共に起動しました。

「よかった。ひなちゃん電話できる?」

「うん」

携帯を渡すと、ひなちゃんは慣れた手つきで番号を入力して耳に当てます。

「あ、おかーさん? たすけてー! ひなさらわれた」

こ、こらー!

わたしは慌ててひなちゃんの手から携帯を取り上げました。

「あ、あの、ひなちゃんのお母さんですか? えっと、わたしは人さらいなんかではなくて」

「うどん屋さんだよー」

横からひなちゃんがマイクにむかって叫びます。

「えとあのですね、いまうちでひなちゃんをお預かりしていて、って誘拐してって意味じゃないですよ! ひなちゃんが迷子で、お腹減ったって言うから」

なんだかもう支離滅裂です。

電話の向こうにいるお母さんは、最初は面喰っていたのか無言でしたが、一通り説明をすると笑い出しました。

「はい、そうなんです。……ええ。大丈夫です、今はもうお腹もいっぱいで。……え? もう迎えに向かってるんですか? よかった〜。……え? …………男鹿 半島?」

急に私の顔がこわばったのを、ひなちゃんが不思議そうにのぞきこみます。

「いえ! 違います! 違います! 湯沢は秋田です! 青森じゃありません!」
 慌てて説明をしているわたしの横で、ひなちゃんが「あーあ」という顔。

「……はい、はい、そうです。……分かりました。大丈夫です。お待ちしてますね」

電話を切った後、わたしは落ち着くために一度深呼吸。きっとひなちゃんは、少しでも早くお母さんと再開したいはず。こんな小さな子が、知らない土地で一人なんて不安に決まってます。だから、伝えにくいけど……。

「おかーさん、またみちまちがえてた?」

「えっ?」

「おかーさん、すっげーほうこうおんちだよ」

「そうなんだ……。あのね、お母さん、ひなちゃんを迎えに来るつもりが、間違えて青森県に行っちゃったんだって。いまこっちに戻ってきてるらしいけど……なんか徒歩っぽいことを言ってたから、今日は着かないかも……」

「そっかー」

「げ、元気出して。大丈夫、すぐ会えるから!」

「うん! それはわかってる」

元気な答えが帰ってきて私は少し拍子抜け。どうもひなちゃんは、こういう事態に慣れているようです。

「ひながいまかんがえているのは、ばんごはんをどうするか。ねるのはちゅうしゃじょうでいいんだけど」

「良くないよ! 駐車場って……。追い出したりしないよ!」

真顔で悩んでいるらしいひなちゃんに、わたしは慌てて言いました。いったいこの子、普段どういう生活を送ってるんでしょう……。

「ここにいてもいいの?」

ひなちゃんが意外そうに聞き返してきました。

「もちろんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんにはわたしからお願いするから大丈夫」

「またおうどんたべれる?」

「うん、いっぱい作ってあげるよ」

「やったー! おねーさんいいひとだ。よっ、いいひと!」

「何なのその持ち上げ方は」

「わーいわーい」

ひなちゃんは両手をブンブン振って大喜びしています。ふふ、良かった。

「あ、そうだ。わたしまだ自己紹介してなかったわよね。私は稲川みなせ。みなせおねえちゃんって呼んでね」

「わかった! みなせ! ひなとみなせ、いまからおともだちだね!」

「え……? う、うん、そうだね!」

なんだか思いもよらないことになってきました。でも、どうやら私にもお友達ができたみたいです。

挿絵イラスト:とーご
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